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世界に一つだけの愛と感謝が溢れる書の贈り物を、筆ペンを使って描いてみませんか?

ヘンテコな愛し方。



自己犠牲は、自己愛へと変わっていく

ヘンテコな愛し方です。

お待ちかね、自己犠牲を

手放す竹トンボの赤トンボです。

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さてさて。

自己犠牲とは、キリスト教からいってみましょう。

曖昧な、サイトから調べました。

キリスト教では約2000年前、

イエス・キリストが人類の罪を

身代わりに受けるために

十字架に架かった、とし、

自己犠牲は愛だとされている。



『ヨハネによる福音書』15章13節には

「友のために自分の命を捨てること、

これ以上に大きな愛はない」とある。


(´・_・`)

そうなんです。

自己犠牲は、他人のために自らが

犠牲となる。そして、そんな自分を

愛している自己愛。

わかりますか? 極端な話ですが、

人のために、尽くす自分に酔っていて

それが愛だと思い込んでいること。


ある意味、素敵なことかも知れません、

人のために尽くすというのは、

大切なこと、人としての役割かと思います。

昔は、身体を張ってでも、守ってやる!

とか、ありましたね。



私も、いっときありました。

放っておけばいいのに、人のために

話しを聞いて、お節介して、

先々のことも考えて、

行動している自分が、

疲れているのに、尽くすことが、

愛だと勘違いしていました。

結局のところ、相手は、

それを望んではいない、それよか、

いつも、話しを聞いてくれるだけで

良かったんだと。

あと、アドバイスと、私ができることを

教えてもらいました。

でさ。

そこからよ。

自己犠牲と自己愛を手放す!を3ヶ月!

やりましたね。自分との闘いというか

毎日、自分と向き合い、慰め、反省の

日々で、泣きました。

今となったら、良き思い出です。


自己犠牲からくる自己愛は、

本物の愛ではないし、身も心も

滅ぼす、固定観念からくる思考回路です。


家族のために。子供のために、

友達のために、恋人のために、は、

偽物です。だから、人の為と書くんですよ。

尽くしたかったら、まず、

傷ついている自分を大切にする。

自分を大切にできるようになったら、

相手を大切にする。

大切にすることは、

相手が何を求めているのか?を

心の声を聞いてから、尽くす。

それが大切なんだと思いますね。


もう一度言いますね。

自己犠牲は、自己愛へと変わっていく

ヘンテコな愛し方です。

だから、手放しちゃいましょう。

いや~、またまた、ヘンテコな文章でごめんなさいの赤トンボでした。

感謝。


PS。

ところで、実際、
キリストと自己犠牲は無関係ですよ。

キリストは、自らを神の子と称した事で
多くのユダヤ人の怒りを買ったことで、十字架にかけられたのですからね。

以上です。
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